アコーディオン弾き 岩城里江子のブログです。
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ハワイへ その11 SAYONARA

3泊5日はあっという間。

もう発つ朝、ちょっと雨混じりの曇り。
山手の夜景をみながら朝焼けを待つもどんよりした空。残念。
到着翌朝は鏡に映るぱーーーっと広がる光で目が覚めたのになあ。
今回、虹はとうとう見られなかった。

着替えて近くの川べりを散歩。

みっちり詰まった三日間でした。
いろんな人とちょっとずつ会話して、お世話になって、ニコッと笑いあって、仲よくなって。
英語は文法めちゃくちゃだけど、伝えたいと思えばなんとか伝わる。
初めて来た卒業旅行の時はなんだか大学生活の延長でギラギラ(笑)してた。
時がたち、いろんなものがもういらなくなって、自然になった。

年を重ねるっていいことだなあ。
どこにいても、わたしはそのまんまのわたしでいい。

7:30には空港バスが来て、乗り込みました。 
一番前の席に乗りました。
ふと空を見ていると、あれ?
虹だ!!



紛れもなく、虹でした。
最後の最後に。
ハワイでは虹は珍しくもないでしょうが、ぴろぴろ泣けました。
ずっと空港まで消えることなく虹がふもとの方まで見えました。




できすぎのDeparture。




さよならハワイ。
またいつか。

posted by イワキリエコ | 08:32 | 旅 ハワイ移民のこと | comments(6) | - |
ハワイへ その10 ボンダンス

5時半くらいにホテルに戻るとデビーから電話。
仕事の終わった彼女に拾ってもらって本派本願寺へ。
ハワイには、ワイパフ本願寺、ヌアヌ天台宗、真言宗弘法寺、ベルタニア真宗教会、曹洞禅宗竜仙寺、リリハ東本願寺別院などの仏教寺院がたくさんあって、夏の間、ハワイ全土で80回以上のボンダンスが開かれるそうです。

2009年 ハワイ「ボンダンス」カレンダー

 ホングワンジ。

・・・しかし、甘かった。
パンチボウル(噴火跡なのかな)のふもとの本願寺近くは、わわ、っとビックリするほどの車。
警備員さんもいて、路駐禁止じゃないところを探すのがタイヘン。
ふたりでパーキングエンジェルにがっつりお願いしました。
・・・と、一台のパーキングが。
エンジェルさま大感謝。

 お寺に向かう子供たち

ご本堂の中に入る。
本堂は板張り、教会のような長椅子がならび、
ご本尊の前にもご住職用?の椅子が置かれていた。
と、浴衣を着た日系の方がいろいろと話をしてくださった。
ここは110年の歴史を持つ寺院で、日曜ごとに礼拝(というのでしょうか)があるそうです。

音楽に誘われ、外へ出るとちょうど夕焼け。
表の駐車場にやぐらが組まれ、ちょうちんが点り、たくさんの人!
2日間でなんと2000人が集まるとか。



音楽をPCでかける若者に、今日はホレホレ節はやらないの?と聞いてみたら
恥ずかしそうに、ボンダンスの先生が教えられないからかけられない、と言います。
彼は見た感じ日本人度高いけど、まったく英語オンリー。
マツケンサンバやポケモン音頭はやるよ、と教えてくれました。

唯一の売店には、枝豆やカキ氷に混じってサイミン(ハワイラーメン)やホットドック。
フライドヌードルは、やきそばだ!!
行列であきらめたけど、ちょっと食べてみたかったなあー。

押し出されるように踊りの輪に入りました。
久しぶりの盆踊りに見よう見まねでついていきます。
体でリズムを取り、まさにボンダンスという感じの若い子達。



浴衣にレイ、花の髪飾り。

 

光る着物にゃなぜか足袋。



いい声で民謡を歌うおばあさんに沖縄?の装束。
かなり練習しただろう和太鼓の音。



輪の中心で踊りを引っ張るおばあさんたちの、板についたうつくしい動きを見ていたら
なんだか悲しくもないのに涙が出てきました。
盆踊り初体験白人のデビーと、英語の不自由な旅行者の私と日本語がわからない5世世代。
踊りを伝える3世のおばあさんたち。
わかりやすく大きく踊ってくれて、目線を交わしニコニコしてえんえんと同じ踊りを踊る。
おわりもなくはじまりもなくひとつになる。
やぐらを囲み円になって踊る、というのはこういうことなんだ。
派手な出店もなく、帰って来たご先祖も一緒に踊る盆踊り。
ボンダンスはどんだけ楽しみで大切な行事だったことだろう。
出身地や職業を越えてひとつにつながれるボンダンス。
盆踊りが楽しいと生まれて初めて思った。

帰り道デビーが、「ハワイに白人は多いけどかたまって住んでいる。
どうも嫌われているから西の方には怖くて行けないところがたくさんある」と言ってました。
同じアメリカ人、という単純なわけではないのだなあ。

日本からの観光客はとても多いけれど、
この島のあれこれを不安なく享受できるのは
身体を張ってちゃんと市民として暮らしてきた日系の方たちのおかげなんですね。

つづく。

posted by イワキリエコ | 09:09 | 旅 ハワイ移民のこと | comments(2) | - |
ハワイへ その9 ヘイアウツアー

ロミロミのちぐみさんから、ハワイ島でヘイアウ(古代神殿跡)を廻っておもしろかった、
と聞いて、教えていただいたヘイアウツアーに私も申し込んでみた。

ずいぶん前に、野生イルカと一緒に泳いだあと、オアフ西側の住宅地のお庭で
瞑想の真似事をさせてもらったことがあったのだが
泳いだ後の風とか匂いとか全てが気持ちがよくて、ここでしか味わえないものだったから。

朝小さなバスでピックアップしてもらって出発!
エハラさん情報で来ました、という方たちがいて、なるほど!!
まずはワイキキの交番前の4体の岩をこれもそうだと教えてもらう。
16世紀ごろタヒチの祈祷師が帰るときに掘り出した岩にパワーを注ぎ込んだらしい。
前はよく通ったことあるけど気がつきませんでしたな。

基本的にヘイアウは、岩が並んでいたりするだけ。
丸かったり四角く積んでいたり
ささげものとしてレイが捧げてあったりします。
でもたまにしびれるような強い石があります。

昨日通った道をそのまま進んで、ハワイカイの住宅地の中の農業のヘイアウへ立ち寄り、
マカプウの海に抜けてペレの椅子を見る。
わがままで自由奔放な女神ペレが各地を転々とした頃腰を下ろした溶岩の奇石。
海へ向かって腰掛けたのかな。
ほんとに椅子みたいでしょ?
かなりな大きな石で近くまでは今回はいけず残念。
谷間になっているので風がでっかく抜けて行く。



谷の反対側、展望台からのマカプウビーチ


マカプウの海に下りて、漁業の神様をまつるヘイアウへ。
ここでは丸く置かれた石が航海の安全を見守った。
近くに教会があって、そのまま海辺まで歩いてきた新郎新婦が
海に向かって誓いの言葉を。ぱちっ。きれいだったなあ。



オアフの中央に戻り、森林の中の医療のヘイアウへ。
上に向かって木と気が立ち上るような不思議な場所。
周りを取り囲むようにティリーフやノニの木が植えられている。

それから北上してノースショアへ向かう。
ドール農園の近く、バースストーンズへ。
高貴な方々のお産場所だったらしいです。今も安産の祈願に人が訪れるらしい。
ここが、気持ちよかった。
平べったい石が並んでいて、うねる強い力を感じる。
その場所の近くでヨガの仙人みたいな人が瞑想していたが、あまりにもしあわせそうだった。
となりにハワイ美人が絵に書いたようにただ黙って座っていた。



あの木の下です。
ここはすこーんと広かったなあ。

お昼ごはん マッキーの店(かな?)のガーリックエビライス。
ひさしぶりにごちそうだ!!おしゃべりしながら夢中で食べて画像忘れ。



海ガメ(予定外)
これがまたゆうゆうと泳ぐんだ。



ちょっと寄ったドールのプランテーションでのパイナップルのスムージーがおいしかった。

最後に、ワヒアワでヒーリングストーンズを見に行く。
地元のインド系の方たちがお世話をしているそうで住宅の一角にふっとある。
ここは、ガイドさんが赤じゅうたんならぬゴザをしいて下さってから靴を脱いでお参り。
石の2メートル前くらいからはっきりと空気が変わった。
いろんな人が触りすぎて一つの石は色が黒くなってしまったそうだ。
しかし、そんなことをものともせず今日も強い力を惜しげもなく放っていた。
感謝。

またバスに乗り込んで、ワイキキへ。
なんだかしみじみとじんわりとするよきツアーでした。
興味のある方はこちら
ハワイ歴17年、スピリチュアル度のなさが(笑)程よい感じのガイドさんが、
ゆったりたっぷりあれこれ遊ばせてくれました。
HPの説明より、全然良い感じです。
流行りだからこういうアーはいろいろあると思いますが、かなりお手ごろ価格だと思います。

ホテルへ。


つづく。

posted by イワキリエコ | 17:26 | 旅 ハワイ移民のこと | comments(2) | - |
ハワイへ その8 キングカメハメハフラ大会

なかなか進まなくてすみません。こっからスピードアップ〜


外へ出てちょっと息をしようと近くのオーガニックスーパーへ。
一方通行を何回かくるくる回りつつ、道端でバスを待つご婦人に聞きながらたどり着いた
「Down to earth」はサプリやら、オイルやら、無農薬のお茶やら。
それからおいしそうなデリも。いくつかピックアップしたものはレジ袋に収まり
その後はモペット後ろの荷台へと(笑)西友帰りみたいです。

「ハワイプンテーョンビレッジ」
に行こうかなと思っていたのですが、
小バラがすいたわたしは、映画「ホノカアボーイ」にも出てきたマラサダなるものを
「Leonard」に食べに行くことにしました。

まらさだー

もちっとしたドーナツ。「いくつ?」と聞いてからすぐ揚げてくれるのです。
お店の前のベンチで。ほかほかでおいしかった〜
ただ、やっぱり揚げたてじゃないとキツイかなー(笑)
お土産を狙ったんだけど無理だ。いってみりゃ今川焼きみたいなもんですか。



近くに見えるダイヤモンドへッドをぐるりと回ることにして
白い煙を上げスピードの出ぬモペットでブンブン行く。
ダイヤモンドヘッドピーチパ―クで景色を眺めました。



しっとりした風。けっこう波。黄昏れるアラフォーと西友袋。
ちょっと人が少なくてやや怖いのでモペットにまたがったまま。
前に止まってたピックアップトラックのおじさんが一緒に飲むかい?と
ビールを二本持って下りてくるが丁重にお断りする。
飲酒やがな!と言うとトラックにモペットごと乗せて送るというがあんたも飲酒じゃがな!
ひとなつこいおじさんだった。

景色を堪能していったんホテル。
着替えて「キングカメハメハフラコンペティション」の会場
アラモアナの北西にあるニーズプレイデルセンターへ。
バス停からも遠くて帰り道怖いから、またしてもマイモペット大活躍。

これは毎年6月に行われるカメハメハ王の生誕を祝う「キング・カメハメハ・セレブレーション」の中の国際フラ・コンテスト。
カヒコ(古典)、アウアナ(現代)の男女&混合部門、シニア、チャント(詠唱)。
日本からの参加もあり、会社員時代の先輩も出演されたとか。
ハワイ島であるメリーモナークという由緒ある大会の次に大きい大会らしい。

生チャントがざっくさくですがな!!
コレは行くしかない。

会場は代々木体育館みたいな大きな体育館のアリーナ。

はじめにお祈りがあり、会場がしんとする。
空気が張りつめているステージを分け入るように、
楽器をもったチャントの方が歌いながら入場、追ってダンサーたち。
ユウガな、というよりは、非常に身体的に訓練された緊張・集中度の高い競技。
にこやかなダンサー。
捧げものなんだなあ。
衣裳も露出が少なく、きちんと襟のあるものが多い。
観客は大技が決まると歓声と拍手を惜しみなく送る。





チャント一人だけでしみじみと歌う参加者も。
言葉がわからなくても揺さぶられた。
なんだろう、空気を揺らすんだ。
今、でもここ、でもないところに連れて行かれる感じがする。

この日は二組の日本からの参加グループがいたので、観客にも日本人がけっこう多かった。
人の少ないステージ横の席に移り、お父さんが出ているらしい、家族連れの近くに座った。
「ダディ、スゴい」とちっちゃな女の子がじっとおじいちゃんのひざで見ていた。
かっこいいおとうさん。
憧れのフラ。
こうやってフラが伝わって行くんだな。
なんだか泣きそうになったよ。

全てのステージが終わるともう10時すぎ。
エルビスの象の前に止まっていたマイモペットでワイキキに帰る。
興奮しているんだか、左斜線に入り、向こうからきたパトカーに怒られるも
気をつけなさいと見逃してもらった(ほっ)
何が怖いって一番怖いのは私の運転か・・・。

ホテル近くで明日の朝用にスパムにぎりを買うもあまりのほかほかぶりに誘惑され
ついつい、完食。
これもあったかくてナンボもん。

つづく。

posted by イワキリエコ | 21:59 | 旅 ハワイ移民のこと | comments(4) | - |
ハワイへ その7 ホレホレ節
さて、受付兼ショップに戻り、中でかかっていたホレホレ節のことを聞く。
古いもので、誰が歌ったかももうわからないらしい。
何枚かだけあったCDも空振り。
(彼女は見かけまったくのジャパニーズなのだが、まったく日本語はダメ。
ちなみにここで入場料は5ドルと言われたけど、後で見たらHPでは18歳以下が5ドル。
日系の彼女にとっても日本人の年はやっぱりわからんのだろうか・・・なんて
いけしゃあしゃあと言ってみる)

そして、隣のビルのリサーチセンターを紹介してくれた。

 ←狛犬が待つ。

日系関係の資料を管理しているところらしい。

名前を記入して、ホレホレ節の事を知りたいのだと言うと、
日本から来て、もう長くハワイにいるという女性が対応してくださった。
古い図書やCDを出してくださって、
貸せないんだけど読めますよと申し訳なさそうに仰る。
CDはまさにホレホレ節。さっきかかってたのとは違うけど
日本で見つけたけど、在庫がなかったもの。
ここでは聞く機器がないということなのでダメもとでお願いしてみたら、
音源の一部を日本に送らせていただけることに。
うれしすぎます。
しかし、マックが不慣れなわたしと、音源に不慣れな彼女。
ほかの方の協力もいただいて、なんとか完了。
みんなで万歳。
ありがとうございました。

彼女の日本語と立ち居振る舞いはとてもきれいだった。
間の取り方もうつくしい。
スタッフとのやりとりも隙間があってくつろぐ。

その中でしばし、古い本を読ませていただいてから、センターを出ました。
さきほどの耳に残るホレホレ節やあれこれがまだずっしりしていました。


つづく。
posted by イワキリエコ | 08:49 | 旅 ハワイ移民のこと | comments(2) | - |
ハワイへ その6 ハワイ日本文化センター

ロミロミで全身に塗られたオイルが、モペットの私にじりじりといい焦げ目をつけているのを実感しながらまず向かった先、
それはハワイ日本文化センター。ハワイ大学の近く。
日系の方たちのハワイでの情報センターだそうです。



出発前ホレホレ節を調べているときに、行き当たったこの写真にぎょっとしたんですが、
あまりにも悲痛な覚悟だなあと思いながら、ふと思いました。
これは幕府最終期の暮らしの中では、むしろ当たり前の日本スピリッツかもしれない。
ほんとに、わずか150年くらいしか昔じゃないんだよな。



かなり立派な建物です。
一階の奥には学校?(コミュニティセンターみたいなものかしら)もあり、もう夏休みに入っている子供たちがオープンを待っていました。
歴史のギャラリーは併設のショップとハワイのゴミリサイクル展示スペースの奥に。
5ドル払い、日本語のファイルをお借りして誰もいないギャラリーへ。

鎖国が解けたばかりの都市部では、土地や身分に縛られて苦しい暮らしをしていた人々が開放され仕事を求めて溢れていたそうです。
移民条約で1885年から10年間に明治新政府から2万9000人が送られましたが、その前1868年(明治元年)には、150人の日本人が許可を待たずにイギリスの船でやってきて、元年ものとよばれました。

入ってすぐにくだんの石柱。
これは子供たちに伝えついで来た価値観だそうです。

中はハワイの日系人の歴史が時系列で展示されています。
行李を背負い、幼い子供を連れた元年もの家族や単身者の白黒写真。
桟橋をわたる彼らはオシャレでみんな笑顔。
どれだけこの生活を夢見てきたんだろう。
持ってきた数枚の着物もありました。

しかし、ことばの通じないきびしい白人の監督の下、サトウキビ畑での炎天下の長時間労働。
あきらめて帰る人も、本土に渡ってしまう人たちも多かったそうです。
競わせて成果をあげるため、厳格に国別、出身県別に居住地は分けられました。
でも、住む場所は確保され、苦しい生活の中の仕送りは為替レートでかなりの大金になり、日本では夢の国のように思われたみたい。続いて写真だけのお見合いで女性たちが来る。
彼女たちは、家事や子育ての傍ら、比較的力がなくてもできるサトウキビのとげのある葉を手で落とす思ってもいなかったキツイ仕事をしたそうですが、これが「ホレホレ」と呼ばれるもので、会場でも、途切れ途切れに低くうなるような歌だけの労働歌ホレホレ節が流れていました。

山口県の民謡が変形したものらしいですが、ぎゅうっと胸をつかむような声。

行こかメリケンよ 帰ろか日本
ここが試案のハワイ国
ハワイ、ハワイとよ 夢見てきたが
流す涙も甘庶(きび)の中
雨は降りだすよ洗濯物はぬれる
背なの子は泣く餡は焦げる
横浜出るときゃよ 涙で出たが
今じゃ子もある孫もある

海外移住資料館HPより

子供たちにアメリカの教育を与え、商いや政治などこのコミュニティ以外にも住む場所を確保してきた次世代の頃、起こったのが1941年の真珠湾攻撃。本国からの日系人を捕虜にしろという指令に、ハワイ市民は「彼らは友人だ」といってリストをほとんど削ったそうです。このときに、日系人はアメリカの市民として生きることを選び、アメリカのために尽くし戦いました。

大切にしてきた、兜やお雛さまかざり、千羽鶴やお祭りの鳴り物。
1世から4世までのたくさんの顔写真を一人一人じっと見ました。
あちこちに書いてある「おかげさまで I am what I am because of you」という言葉が急に胸に入ってきました。
夢を背負って桟橋をわたってくる笑顔が、ここで生きることを覚悟するまでの大きな流れを思いました。

おじいさんおばあさんがパラグアイに移住して産まれたダンサーの故えりかさんを重ね、
北海道に移住したわたしの祖祖父母の事を重ねました。



ながくなりました。
つづく。

posted by イワキリエコ | 09:25 | 旅 ハワイ移民のこと | comments(6) | - |
ハワイへ その5 巨大歯ブラシ


うがっ

原寸大。

もってきゃよかった。

・・・靴でも磨くか。

posted by イワキリエコ | 09:34 | 旅 ハワイ移民のこと | comments(0) | - |
ハワイへ その4 ロミロミ

翌日、早起きして大きなマフィンを買ってヒルトンのビーチまで散歩。
ヒルトン近くに見えても遠いっす。でもすれ違う人たちがみな笑顔過ぎ(^^)
やしの葉の掃除のお兄さんは孔雀みたいだ。



花。

  

海。

 

海を見ながら風に吹かれてぼーっとする。
ここでのりちゃんやらえっちゃんなら写真や絵を描くのかな。
海に足を入れる前はチャントを歌ってみたよ。

帰り道通りすがりのレンタル自転車やに一日いかほどか聞いてみる。一日21ドル。
今日はロミロミ後、あちこち回るので、バスで回るのと、どっちが便利かな。
ハワイ歴17年のロミロミ彼女にいろいろ聞いてみよう。

彼女あゆみさんは、成田空港の空き時間でネットを最後に見たときに
偶然行き当たって、なんとなくぴんと来た方。
昨日電話したらサバサバ男前な感じ。これは大丈夫。
9時半にホテルにきてくれて、いきなり盛り上がる。
ほぼ同い年の彼女としみじみ語り合いながら、お互いの半生に思いを馳せる。
オススメのお店や、レストランを教えてもらいつつ、計画を修正。

●マカリーショッピングセンター内AUN (レストラン)
●ナチュラルフードのダウントゥアース(オイルやら無添加食品安!)
●ネオプラザ内・石やさん(おねえさんが選んでくれる石が的確!)
●サウスキングのタイ料理 アパタイや飲茶の店 などなど 
(とはいえダウントゥアースしか行けず、残念。)

9年前ヒルトンのマッサージ室の立ち上げメンバーだったとかで
指圧と組み合わせたロミロミの腕は確か。
指が入らなかったほどの張った肩は首の骨調整でくにゃくにゃに。
http://www.hawaii-lomilomi.com/
TIPS+TAX込みの 1時間$75(AM)
連絡先 エリアコード808−450−8753
この青い空の中、うけるロミロミのでっかいこと。

彼女の「キツイからちゃりはやめときなさい。モペットにしなよ」ということばに
思ってもなかったモペットの一日が始まるのでありました。

ホテル近くのレンタルやで借りた実に20年ぶりのモペット(原チャリ)。
一日35ドル。
スズキ RAZZ


右のミラー もげてた。
しかも速度計うごかず。
走り出してから気がつくこのあたし。


つづく。

posted by イワキリエコ | 19:44 | 旅 ハワイ移民のこと | comments(6) | - |
ハワイへ その3

さて、ゲンキンなもので、飛行機じゃガーガー寝ておりましたが
窓から最西端カエナ岬が見えればがばっと心拍数上昇。
税関もなぜか一番に通過し、手荷物だけの身軽さで速攻シャトルバスへ。
ホテルにチェックインして荷物を降ろし、町に出ました。
・・・・あの心配大集合はなんだったのだろう。バカみたい。

まだ朝の10時前。しばしお散歩。
あーハワイの匂いだ〜風だ〜光だ〜( ´∀`)
街角のポリネシアンダンス、ウクレレ教室。
ぽかーんとからだが切り替わってきます。



しかし肩があまりにもばりばりなので、
ネットカフェでロミロミねえさんに明日の予約をしました。
お昼ごはんのリンゴと牛乳を買ってホテルに戻りしばし仮眠です。

午後はホノルル郊外に住む友人に迎えに来てもらって
ちょっと風が強く雨まじりになってきたので、屋外ヨガをあきらめて
アラモアナとワードセンターの大きなブックストアにCD探しに行きました。
元は10年以上前に柏でナンパした(笑)同い年の彼女は自由人。
なぜか今はたまたまハワイで英語の先生をしているんだが
半分くらいの生徒は日本におり、スカイプで授業しているとか。
本土の実家に帰っても、日本に滞在しても、どこにいても仕事を続けられる。
そう思えばネットのおかげで世界は狭い。


CDのハワイアンコーナーは充実はしているけど、日本のルーツを感じられるものは少ない。
一生懸命一緒に探してくれた店員さんも、
私が知りたい、ハワイの日本民謡やらよきチャントについては、ほぼ知識なし。

しかし、二軒目で、ホレホレ節がはいったCDみっけ!でかしたデビー!
この方は日本でも活動してらっしゃるようです。へえ〜。

 HO'I MAI 'O AGNES/アグネスキムラ 

お、男前Kui LeeのCD、安っ!
 The Extraordinary Kui Lee/Kui Lee

こんなのも。収録曲「Jokki De kanpai 」「Benton Kozo 」「Miren Toge

50年代の録音みたい。
Festival Time in Japan/ハワイ二世バンド


視聴できないのは痛いですが他にも何枚か購入。

隣にあったるワードセンターのあやしい「セドナ」もおもしろかったよ。

夜は、フードコートでハワイ食にトライするもあえなく撃沈。
アボリジニにも大事にされ、ハワイでは離乳食にもしたという、
栄養満点のタロイモのポイ(真ん中紫)は超微妙でございました。
なんでもタロイモをゆでてすりおろして発酵させるそうですが
ちょっとすっぱいのよねーごめんポイ。
でもま、なんでも経験じゃー!

そんでもって量も多い

そんなこんなで一日目、のんびり終わりました。
さて、明日からひとりで動くわよ!

posted by イワキリエコ | 17:22 | 旅 ハワイ移民のこと | comments(6) | - |
ハワイへ その2(なかなか着きません)

間際予約のケチケチ旅行ゆえ出発は夜。

当日パッキンしながら、この期に及んでずどんと思考ループに入る。
個人手配ゆえ、PCから打ち出したペラペラのバウチャーとハワイ資料だけが頼り。

ほんとに行けんのかコレで・・・インチキ英語は通じるか・・・どーしよ騙されたら(笑)
娘たちはちゃんと起きれんのか?こうやって行くだけの価値はあるのか・・・
さらに昨夜の反省まで持ち出し、心配事のゴミを総ざらいしているみたい。

アコを弾き、作り置きのロールキャベツを大量に作って気を紛らす。
流れている返さねばならぬDVDはベティブルー。これまた明るかない。
ともだちのメールに力をもらう。
あーあ、いやになるほどの小心者。
なんだよハワイなのに。

情報の少ない国に単身淡々と出かけていく友人たちのスゴさを思い知る。
これもいつか慣れるんかな。



さすがに成田に向かう電車の中で、つくづく自分を笑ってしまった。
「ほんとに自分の見たいようにしか世間を見てないのね〜あたし」

なんて、なんだかんだと無事空港も突破し、搭乗前のゲートでミクシをチェックして
ふと行き当たったロミロミのマッサージに問合せのメールなどをする余裕も。



一路、ハワイ。


 

posted by イワキリエコ | 01:07 | 旅 ハワイ移民のこと | comments(2) | - |
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